ここでひとつ注意点。私はまだ中年なのに、女子高校生に席を譲られ、ショックだった経験があります。一応、相手は確認しましょう。
ここで根本的な質問です。なぜ、お年寄りを労わることが大切なのでしょうか?
こんな寓話を聞いたことがあります。
昔、人生に絶望した男がいました。その日は月の出ていない暗夜。男は海にせり出した、高い断崖へと行きます。
崖のふちに座ると、物思いにうけります。ふと気づくと、彼の横に何かが置かれています。それは、たくさんの小石が詰まった袋でした。
暗くてよく見えません。男は何も考えず、袋から石をひとつ取り出すと、崖の下の海へと投げ捨てます。ひとつ、またひとつと。
やがて、太陽が昇り始めました。気がつけば、いつのまにか、もう朝です。
周囲が徐々に光で照らしだされます。
男の手にあるのは、ひとつだけ残った小石。最後のひとつも海に投げようと、何気なく石を見ると、それは不思議と輝いています。
男は小石を凝視し、愕然としました。石コロだと思っていたものは、実はダイヤモンドだったのです。
それに知らず、男は夜のあいだ、無数のダイヤを海に投げ捨てていたのです。驚きのあまり、手からダイヤが零れ落ち、最後のひとつも海の底へと消えてゆきました。
男は、深く深く嘆いたという。
この寓話の意味
寓話とは、何かの教訓を含んだ物語のことであり、隠喩(メタファー)もよく使われます。
この物語に出てくる暗夜とは、盲目、無知のことを意味します。太陽の光とは、物事が見えること、すなわち気づき。ダイヤモンドとは貴重なものの例えです。
夜から朝へと過ぎるさまは、人生の短さを表します。この寓話の教訓はズバリ、持っているものの価値に気づくことです。
若い頃は、貴重なものをたくさん持っていました。その最たるものが健康です。しかし無知ゆえに、その価値を知りません。
そして気がつけば、いつのまにかご老人。足は痛い、腰は痛い。目はショボショボ、おしっこチョロチョロ。昔の勢いはありません。
老人が二人以上集まれば、話題は病気のことばかり。そして過去を振り返り、こう言います。若い頃は良かったと。
老人が二人以上集まれば、話題は病気のことばかり。そして過去を振り返り、こう言います。若い頃は良かったと。
以前、あるテレビ番組の中で、当時60歳の高田純次さんが、こんなことを言っておりました。もし40歳に戻れるならば、2億円出してもいいと。
若いときには、自分は何も持っていないと思うかもしれません。しかし、高田純次さんからすれば、若さとは2億円以上の価値があるということですね。
この寓話では、失ってから気づくのではなく、今、気づくことの大切さを教えています。そうすれば、どれほど自分が恵まれているかを知ることが出来ます。
と同時に人間は、生きていれば必ず歳を取ります。お年寄りとは、そう遠くない未来の、自分の姿です。
汝(なんじ)自らのごとく、ご老人を大切にせよ、なのです。
「思考は現実化する」から学ぶ
昔、成功哲学書の世界的ベストセラーである、ナポレオン・ヒル博士の「思考は現実化する」を読みました。
といっても内容はほとんど覚えていないのですが。読むだけで満足するタイプです。しかし、ひとつだけ印象に残った言葉があります。それはプラスアルファーの魔法です。
『求められている以上のことをする』という教えです。しかし、難しく考える必要はありません。
もし、お年寄りに道を聞かれたならば、ただ教えてあるだけでなく、可能であれば、一緒に行って案内してあげる、その程度のことです。
実践するとよく分かるのですが、これはやると気分が良い。私が知る限り、もっとも簡単に幸せになる方法です。まさに魔法。親切とはシンプルに、自分自身を喜ばせます。
ここで、なぞなぞです。使えば使うほど、増えるものって、な~んだ?
答えは愛です。愛は使っても減らないばかりか、与えれば与えるほど、心が豊かになる。これは親切心も同じですね。
誰かに親切にする機会はどこにでも転がっています。やらない理由はないですよね。