とか言うと、結婚相手が、たまたま同じ職場にいたから、みたいな感じに聞こえそうですが。
でもここ、かなりの重要ポイントだと思うのです。
アメリカ人の覚者、アジャシャンティの師は、家から1番近い所に住んでいたそうです。
どこか、運命的なものを感じます。
精神世界書の旅
もちろん私も、本物の覚者を探し求め、精神世界の書物を数百冊は読みました。
18歳の頃に読んだのが、J.クリシュナムルティ。これが私のスピリチュアル・デビューです。
しかし、何を言ってるのか、さっぱり理解できませんでした。
次に読んだのがラーマクリシュナ。「ママ、ママ」ばっかり言ってるマザコンマスターかと思いました。
当時、若造だった私には、その凄さが分かりませんでした。
ラマナ・マハルシに至っては会話すら成立していません。質問に質問で返す問答。
「それを聞いているあなたは誰ですか?」
私が聞きたい。そんな感じで本だけが増えていく。
OSHOとの出会い
私に転機が訪れたのはOSHOとの出会いでした。
衝撃的でした。あの絶対的なカリスマ性に完全に持っていかれました。本物だと思いました。
それからというもの、彼の書籍を百冊以上読み、リトリートにも熱心に参加しました。毎日、OSHOの瞑想法も実践しました。
OSHOのカタルシス系瞑想は、大声を出して叫ぶので、家の中では出来ません。
そこで深夜、山の中で実践したり、休日はラブホテルに行ってやったり。大声を出し過ぎて喉が潰れました。
職場の人からは「風邪引いた?」と心配されるほど。
徹底的にやり尽くし、もはやこれ以上、一歩も成長できないという境地にまで到達しました。(というか、最初から一歩も成長した気がしない)
行き詰まりを感じていたころに出会ったのが、ポーランドの覚者、アジズ・クリストフです。
アジズ・クリストフの教え
この出会いもまた衝撃的でした。彼は自らの教えを「目覚めの地図」と呼んでいます。
悟りへと至るまでの道筋を、非常に論理的に、かつ自身の目覚めの体験をもとに示した教えです。
ラマナ・マハルシや、ニサルガダッタ・マハラジが指し示したものを、的確に言語化したものといえるかもしれません。
かつてポーランドのチェスの大会で優勝したという話もあるだけに、その知性の切れ味は、日本刀のごとし。
これこそ世界最高峰の教えだと思いました。(と本人も自負している)
アジズの修行と挫折
ちょうどその頃、仕事をクビになりました。これ幸いとばかりに、毎日8~12時間の瞑想三昧。
それに加えて、朝起きた瞬間から夜寝るまで自己想起の練習。気が散るので、一切の娯楽を放棄。
それは苦しい日々でした。修行が苦しいのではなく、上手く出来ない自分を責めることが苦しかった。
アジズの教えには明確なゴールが示されています。しかし1年間修行をしたものの、達成できず無念のリタイヤ。
完全に打ちのめされた瞬間です。自分の才能の無さを痛感しました。心が折れるとは、こういう事なのかと思いました。
この教え以外に道はないと思っていた私は、自己探求の道を歩むことも諦めました。
岩城和平先生との再会
それから3年間ほど、精神世界関係の本は一切読みませんでした。関わらないようにしていたのです。新型コロナの災難と祝福
驚きました。ここまで目に見える変化が起こるものなのか、と。
リモート伝達の謎
30年目の安らぎ
彼らと比べれば、先生からは何も特別なものを感じません。しかし、一番惹かれてしまうのです。
理由は分かりませんし、特別な体験があったわけでもありません。
先生の教えを学んでから、世界の仕組みとカラクリを知り、見ている世界の認識だけが、大きく変わりました。
求職の真っ最中なのに、深刻になれません。
ハローワークは常連さん。相談員の「クレーム問題」の愚痴を聞いてあげたり、励ましたり。
……これが天職(転職)か?
以前の私なら、そんな余裕は無かったはず。
物事を「どうにかしよう」とする不安、状況を「変えなければならない」という焦りが、薄れてしまったのです。
30年間、探求しても得られなかった安らぎが、今ここにある。
それが、私が師を選んだ理由です。

