後悔しない生き方——感謝と祈りの習慣

2026年2月16日

私たちは、今持っているものの価値に、本当に気づいているでしょうか。失ってから、その尊さに気づくことはないでしょうか。

私は最近、「祈り」という行為の中で、それを強く実感するようになりました。

感謝の祈りを捧げる。

それは、すでに手の中にある「ダイヤモンド」に気づく行為です。


その気づきを鮮やかに描いた寓話があります。



ダイヤモンドの寓話

昔、人生に絶望した男がいました。その日は月の出ていない暗夜。男は海にせり出した、高い断崖へと行きます。


崖のふちに座ると、物思いにふけります。ふと気づくと、彼の横に何かが置かれています。それは、たくさんの小石が詰まった袋でした。


暗くてよく見えません。男は何も考えず、袋から石をひとつ取り出すと、崖の下の海へと投げ捨てます。ひとつ、またひとつと。


やがて太陽が昇り、周囲が徐々に光で照らし出されました。



男の手にあるのは、ひとつだけ残った小石。最後のひとつも海に投げようと、何気なく石を見ると、それは不思議と輝いています。


男は小石を凝視し、愕然としました。それは、ダイヤモンドだったのです。


男は夜のあいだ、無数のダイヤを海に投げ捨てていたのです。驚きのあまり、手からダイヤが零れ落ち、最後のひとつも海の底へと消えてゆきました。


男は、深く深く嘆いたという。



この寓話の意味

暗夜は無知、太陽は気づき、ダイヤは恵み。夜から朝への移ろいは、人生の短さを映しています。


若い頃は、貴重なものをたくさん持っていました。その最たるものが健康です。しかし無知ゆえに、その価値を知りません。


そして気がつけば、いつのまにかご老人。


足は痛い、腰は痛い。体は正直です。

目はショボショボ、おしっこチョロチョロ。昔の勢いはありません。


老人が二人以上集まれば、話題は病気のことばかり。そして過去を振り返り、こう言います。若い頃は良かったと。



高田純次さんの名言:若さの価値は「2億円」

以前、あるテレビ番組で、当時60歳の高田純次さんはこう語っていました。


「もし40歳に戻れるなら、2億円出してもいい」


若さにはそれほどの価値があります。大切なのは失ってからではなく、今、その価値に気づくことです。


そうすれば、自分がどれほど恵まれているかに自然と感謝できるはずです。



感謝と祈り

今ある恵みに気づくために、私がいちばん大切にしているのが「神への感謝」です。


もし神という言葉が嫌いなら、宇宙でも、大いなる存在でもいいでしょう。


人間は、実に忘れっぽい生きものです。放っておくと、不平不満の方にばかり目が向いてしまいます。


そこで感謝の祈りを習慣化させる。初めは訓練が必要です。1日5分でもいいから祈りを捧げる。日々の些細なことに感謝する。


今は実感がなくとも「たくさんの恵みと祝福に感謝します」と祈る。いずれ本当に感謝する時が必ず来ると信じて。


祈る時間でも作らなければ、意外と感謝する機会は少ないのではないでしょうか。下手すると年に1回もありません。


私の経験から言って、祈りの習慣が、もっとも感謝の念を育ててくれます。短い時間でも、頻繁に祈るほどいい。


もし本気で取り組めば、心は静かに変わり始めます。それほどまでに感謝には、計り知れない力があります。


だから私は祈る。


夜が明けて、袋が空っぽになる前に。
この瞬間、手の中のダイヤの輝きに、感謝を捧げてみませんか。