岩城和平先生の教えは、母なる神(マザー)から啓示として与えられたものです。かつての伝統的な教えにはなかった、新しいものです。
真理は不変でも、教えは人類の進化と共に変化していきます。新しいワインは新しい革袋に。

では具体的には、何が新しいのでしょうか?
今回は私が約2年間、先生の勉強会で学んだ知識を総動員し、サルでも分かるように(ゴリラは無理かも?)解説したいと思います。
教えの三本柱
先生の教えは、マーヤ、みこころ、神という、三本柱で構成されています。別名、スピリチュアル三種の神器。以下、順を追って説明していきます。
マーヤとは
マーヤという言葉は、和平先生の造語です。世界は幻影という意味で使われるマーヤーではなく、思考上に存在する固定観念、まやかし、誤認のことです。
例えるなら、ロープを蛇と見間違えて大騒ぎするようなものです。この誤った認識を正すことが、マーヤ解きです。
そしてこのマーヤを創造し、それを解く方法を和平先生に教えた存在こそが、宇宙の母、マザーです。
マザーとは、唯一絶対者の原初の相対化、父なる神に対する「母」のこと。
和平先生の教えの中でも、マーヤ解きが特に重要となります。その理由を、いくつか例を挙げながら解説します。
マーヤと自己否定
マーヤとは、頭の中の思考です。この思考の声は、やたらと自分を非難します。しかも気付かれないように。思考が主人になりたいからです。
本当の私とは魂(神)です。魂は超ポジディブです。圧倒的に幸福です。その幸福を徐々に不幸にさせるのが、自己否定。
思考のウソを自我が信じ続けた結果、いつしか魂は失われます。それがヤツらの狙い。そしてついには、思考が主人として君臨します。召使いの分際で。
思考はこう言います。この世は金が全てなんだぜ!
こうして外側にだけ幸福を求めさせ、真の自分からどんどん遠ざけます。怖いですね。恐ろしいですね。
よく「自分を愛しましょう」と聞きますが、思考の雲が無くなれば、自然と自己愛は溢れてくると私は思います。魂が再び輝き始めるからです。
頭の中で暴走するマーヤ
私の父はアルツハイマーです。時々、意味不明な事を言います。現実には何も起こっていないのに、架空の話を頭の中で作り上げ、被害妄想に苦しみます。
一人自爆テロ。
私にできることは、父の誤解を解くことだけ。父が納得すれば、問題は消え失せます。最初から問題など存在しないからです。
この話は、程度の差はあれど、誰にでも当てはまる良い例です。神の御心だけが展開している完璧な世界において、完璧ではないと思わせるもの。それがマーヤなのです。
禅定とマーヤ
仏陀誕生以前から今に至るまで、修行によって目覚めようとする道が主流でした。しかし忙しい現代人が、毎日何時間も瞑想するのは難しい。
仮に瞑想で深いサマーディ(禅定)に入ったとしても、そこから出てきた人が変容していなければ意味がありません。
しかもこの世界はマーヤの海。禅定から出た瞬間、すぐにまたマーヤに支配されることでしょう。
それが嫌なら禅定に入ったままでいるか、世間を捨てて山に籠る以外にない。
私も過去に、長期リトリートに何度か参加した経験があります。確かにその期間は、良い感じになります。思考より深いところに留まるからです。
しかしリトリートが終わるとすぐに、元の状態に戻りました。当時はそれが不思議でしたが、今ではマーヤの影響であったと分かります。
トータープリーとマーヤ
「インドの光/聖ラーマクリシュナの生涯」の本の中に、ラーマクリシュナの師、トータープリーが登場します。

トーターはニルヴィカルパ・サマーディーの境地に到達し、ブラフマンを悟った人物ですが、その後も「母」のマーヤの力に翻弄され続けます。
のちにトーターは、ブラフマンとして悟った唯一者こそが、宇宙の母であったと悟ります。神と「母」はひとつであり、分けられないものなのです。
注釈:ラーマクリシュナは、神の活動の側面が「母」だと説いています。火と熱の関係に例えてます。
マーヤが解けるとは?
マーヤを解く事の重要性が、何となく理解できたのではないでしょうか?
しかし、具体的にどうやって解くのか?そこが1番難しい。マーヤ解きを観念化することが出来ないのです。なぜなら観念がマーヤだからです。
そこで今回は、マーヤが解けるとはどういうことなのか、雰囲気も掴んでもらうために、私の話をしたいと思います。
ハゲマーヤを解く
私はハゲに悩んでいました。バーコードハゲにすべきか、カツラをかぶるべきか?恥ずかしくて外も歩けません。
そんな時に、ある映画と出会ったのです。その名も、ワイルド・スピード!

出演者全員ハゲ。でもカッコいい。ハゲでマッチョ。私はこう思いました。ハゲでも女性にモテるんだ、と。
自分の誤った観念に気づいたのです。
しかし、新たなマーヤが生まれます。登場人物、全員ハゲ。でも全員マッチョ。ハゲはマッチョな男にだけ許されるのでは?
そこで私は筋トレを始めます。しかし、筋肉は簡単には付きません。筋肉マーヤになっていた時に、別な映画に出会いました。それが、王様と私。
主演は元祖ハゲ俳優、ユル・ブリンナー。

マッチョではないけど超カッコいい。ハゲでも女性にモテるんだ、と安心したのも束の間、友人がこう言います。
ハゲでもカッコいい俳優は、髪の毛があると、もっとカッコいいらしいよ…
なぬ!
やはり私にはヅラしかない。超マーヤです。
そんなある日、親戚一同の集合写真を見たのです。私の父だけ頭ツルツル。伯父さんたち全員、髪の毛フサフサ。
フサフサだけど、白髪まじりでなんか汚い。むしろ父が1番スッキリ清潔に見えたのです。そこで気づきました。歳を取ったらハゲに限る。
今ではハゲで良いことばかり。床屋に行かなくても自分でバリカンで刈れるし、顔を洗う時に頭まで洗える。
どこまでが顔で、どこからが頭なのか?
これがマーヤが解けるということです。良いとか悪いとかの問題ではなく、髪の毛なんか、どーでもいい。
思考のとらわれから自由になることが、マーヤ解きです。(説明なが!)
みこころとは
かつてラマナ・マハルシのもとを訪れた西洋人が「世界で起こっている戦争をどうすればいいのでしょうか?」と質問したそうです。
それに対してラマナは、「今あなたは、戦争に巻き込まれているのですか?戦争のことは放っておきなさい」と答えたといいます。
和平先生の解説によれば、この言葉は文字通り、世界の不幸と自分は全然関係ないそうです。まったく関係がない。
この世界には、決して交わる事のない人達がいます。住む次元が違うのです。ただ、その人その人に必要な経験が起こっているだけ。
私達に日々起こる出来事は、全て避けられない運命なのです。これが和平先生の説くみこころです。
ゆえに神が私の為だけに与えた、この人生にだけ焦点を合わせればいい。完全オーダーメード。
そして私達の身に降りかかる様々な問題には、必ず教訓が隠されています。その意味を考える事が、みこころ解きです。
私を目覚めさせる為だけに、ただそれだけの為に色々な事が起こっています。神はあらゆるツールを使って「起きろ!」と言ってきます。
しかしそう考えない人には、毎日が偶然の連続。教訓もありません。学ばなければ何度も同じような事が繰り返される。
「ツイてるツイてる」と唱えて、良い事だけを引き寄せられたら最高ですが、それでは智慧が育たない。
辛い現実は、現実と捉えるのではなく、マーヤでカモフラージュされた教訓として認識する。
すると、酷な現実ではなくなります。すべては私の為。愛ゆえ。それが「人生こそが最高の導師」と和平先生が説く理由です。
神と信頼
トラウマは、過去の記憶を追体験することで癒されると聞きます。理由は分かりませんが、過去の認識が変わるからなのかもしれません。
成長した今の私が、過去を振り返ることで、当時とは違った解釈をしている可能性もあります。これは「母」の道と似ています。
悟りは未来にあると思いがちですが、答えは今まで歩んできた道にある、というのが「母」の道なのです。
道に迷ったらどうするか?普通は来た道を戻るでしょう。過去のとらわれを解消するには、過去に戻るしかありません。それがマーヤ解きです。
過去を振り返った時にだけ、すべては必然であったと理解できます。それがみこころ解きです。みこころが分かると、過去の出来事は必ず肯定されます。
この理解が、神を信頼することにも繋がると私は考えます。みこころのままにと。行為者は神だけなのですから。
読書のススメ
マーヤとみこころ、そして神。ひとつでも欠ければ成立しない教えです。シンプルながら奥が深い。
この記事だけで、全て説明するのはやはり無理でした。全然ダメ。
私のブログを読んで、もっと知りたいと興味を持ったそこのあなた!和平先生の本が3冊出ています。超名著なのに売れてないそうです。チーン…