ブログが丸パクリされた体験談──牧師の説教に使われて嬉しかった話

2022年5月9日

ある方のブログを見ていた時のこと。なかなか良いこと書いてるな、高い知性を感じるぞ、なんて思いながら読んでました。


でも、どこかで読んだことある。ってか私が書いたブログの記事だ。丸パクリされてる!


驚きました。そもそも私のブログなんか、誰もまともに読んでいないと思ってました。


しかも犯人は、キリスト教会の牧師さん。どこの宗派の方かは存じませんが。


さらにさらに。教会で説教された音声の録音が、ブログに添付されていました。一語一句、私の書いた記事通りの内容なのです。


悪いことは必ずばれるものですね。知的財産権の侵害なのか?著作権侵害で訴えるべきか?いや、むしろ


使ってくれて、ありがとう!


私の記事が、教会の説教に使われるなんて光栄の極み。なんだか私自身が認められた気になります。


書いてて良かったブログ。やってて良かった公文式。


牧師さんも毎週、説教しなくてはいけません。今の時代、当然、インターネットでネタくらいは探すでしょう。お勤め、ご苦労様です。


ちなみに説教のテーマは「皆の益となるために」。私の記事が、信者の皆さまの益になれば幸いです。



模倣と盗むの違い

凡人は模倣し天才は盗む、とは天才画家ピカソの言葉。



盗むだなんて、悪いことだと思いますか?そんなことはありません。


模倣とは何か?ただの真似です。表面をなぞっただけの二番煎じです。そして盗むとは何か?それは自分のものにすることです。


あらゆる分野において、盗むというのは大事なことです。


料理やスポーツの技術、芸術もしかり。良いところは、どんどん盗めばいい。それが最短なのです。何もゼロから始める必要はありません。


さらに盗むという言葉には、「人に知られないように取る」という意味も含まれます。そのためには、オリジナルへと昇華させる必要があります。


独創性の有無。これが、模倣と盗むの決定的な違いです。


さきの牧師さんは、模倣したのか、盗んだのかはさておき、私の記事を説教に使うなんて、良いセンスしてますね!



盗用体験から学んだ3つのこと

誰かの役に立つこともある

誰も読まないと思っていたブログでも、必要な人には届く。


模倣だけでなく自分の視点で再構築す

真似するだけでなく、オリジナルに昇華させることが大切。

他人の目に触れることで自分の価値を再確認できる

盗用された経験も、自分の創作に自信を持つ材料になる。


余談:日常に潜む「盗用」

ショパン幻想曲って、どっかで聴いた気がしないですか?私の空耳でしょうか?